海月、水母と美しい感じで表現されるクラゲですが、みなさんはどんな印象をお持ちでしょうか。筆者が幼少期によく家族で訪れた海水浴場では旧盆を過ぎるとクラゲがやってきて、気が付かないうちに刺され痛い思いをしたものでした。
一方で、中華街で食べる前菜のきゅうりとクラゲの酢の物は心地よい歯ごたえで好物のひとつ。また、水族館で幻想的なライトに照らされ、ゆらゆらと水中を漂う優雅で美しい様子には心を惹きつけられます。
目次
世界各地で起きているクラゲの大量発生問題
2003-2009年ごろにかけて日本海沿岸で大発生した越前クラゲを覚えている方も多いのではないでしょうか。近年では2021年にも大量発生が確認されました。クラゲは定置網を破損したり、原子力発電所の取水口を塞いだり、海水浴客やサーファーを毒のある触手で刺したりと海のなかでは厄介な存在です。
網にかかったクラゲを釣果として売ろうにも、移送・保存・加工の問題からなかなか現実的ではないようです。
クラゲは99%が水分で、水をパンパンにいれたビニール袋のようなもの。引き上げるのも一苦労で、引き上げたとしても海から出したとたんに、クラゲ自身のもつ消化酵素により分解が始まり数日でドロドロに溶けてしまいます。さらに中華食材で使われるような塩クラゲに加工するには、大量のみょうばんや塩が必要で手間とコストがかかります。
近年では欧州でもクラゲの大量発生が繰り返し起きており、関係者を悩ませています。
2013年には南イタリアの海岸線を何百万ものクラゲが覆い尽くし、毒をもつオキクラゲの急増も確認されました。2018年にはマルタ島の東海岸をクラゲが埋め尽くし、さながら紫のカーペットのようです。
2021年夏には欧州南東部のクリミア半島で海岸をクラゲが埋め尽くす光景が見られました。海に入るにもクラゲを掻き分けなければならず、海水浴もままならない様子です。
クラゲの有効利用に向けた取り組み事例
こうしたクラゲの大量発生問題に対し、世界ではどのような取り組みがなされているのでしょうか。
GoJelly プロジェクト
2018年にEUのHorizon2020リサーチイノベーションプログラムから4年間で600万ユーロ(約7.7億円)の資金提供を受けて、クラゲの有効活用を目的とした「GoJelly」プロジェクトが立ち上がりました。
2022年3月現在、欧州を中心に9カ国、16の組織から技術開発者、ビジネスアナリスト、漁業会社、研究期間、自然科学者、社会科学者が参加しています。
2021年12月にはコペンハーゲンで「GoJelly Conference」が開催され、様々な領域からの参加者が集いました。GoJellyに参加しているプロジェクトを中心に各国の取り組みを紹介します。
コラーゲンに着目した基礎化粧品開発(ドイツ)
【出典】GoJelly
ドイツのキールに位置するOceanBASIS gmbhは世界的に有名な海洋研究機関GEOMARとともに、海洋資源の有効活用と商品化に取り組んでいます。
GEOMARの修士課程に所属するフィリップ・サッスル(Philipp Süßle)はクラゲには2%のたんぱく質が含まれ、その半分がコラーゲンであるとし、シワ改善などの化粧品へ組み込むべく安定した品質の成分抽出に向けて研究を続けています。
この天然由来のコラーゲンは保水力を高め、皮膚を保護します。抽出できる成分はクラゲの種類はもちろん、直近の降水量などにも左右されるため、安定した素材の供給、保管、移送など解決すべき点は様々あります。そうした点から、単にコラーゲンを取り出しやすい地中海東岸のクラゲではなく、地理的に近く安定した供給が見込まれ、信頼できるノルウェーの漁業会社から供給を受けているとのこと。
海洋性のコラーゲンについては、クラゲを動物とみなすか否か、つまりベジタリアンフレンドリーな製品であるかどうかという議論もあり興味深いところです。
クラゲ由来のコラーゲンについては、化粧品用途だけでなく、組織再生用のバイオポリマーとしての機能も期待されています。
栄養補助食品・加工食品としての可能性(イタリア)
【出典】European Jellyfish COOKBOOK
ISPA-CRN(Institute of Sciences of Food Production)の アントネラ・レオーネ博士(Dr. Antonella Leone)を中心とするチームは、中国の漢方薬が昔からクラゲを気管支炎の治療に利用していたことに着目しました。そしてクラゲのもつ加水分解コラーゲンに肌の紫外線ダメージに対する保護効果、抗炎症作用、抗酸化機能の活性化、免疫向上の効果があるとしています。
クラゲの傘の部分また口腕の双方から抽出された水溶性小ペプチドに高い抗酸化作用があり、将来の生物医学および栄養補助食品研究への新しい供給源としてみなすことができると同チームは述べています。
中国や東南アジアの国々では長く食用とされてきたクラゲですが、ヨーロッパではまだ安全性や品質に関する基準が設定されていないため、食用としての利用は許可されていません。それでも、カロリーと脂肪が少なく、アミノ酸、マグネシウム、カリウムなどの貴重な栄養素を含み、抗炎症作用と抗酸化作用を持っているタンパク質の供給源となりうる素材です。
前述のアントネラ・レオーネ博士はGoJellyおよび海洋資源活用NGOのMarevivoとともに、考案したクラゲを使った初めての洋風レシピ集 『European Jellyfish COOKBOOK』を発表しました。このレシピ集には、ミシュランの星付きシェフを含む有名な料理人が多数参加しています。
農業および園芸肥料としての可能性(ドイツ)
【出典】GoJelly
1990年以来、Hanseatische Umwelt CAM GmbHは、有機残留物の堆肥化、劣化した土壌の修復、および土製品の製造に取り組んできました。
そして今、クラゲや海藻など、海洋廃棄物を利用したコンポストの開発を行っています。すでにバルト海地域などから回収されたマリンバイオマス(海藻や藻などの海洋浮遊物)を使った堆肥は製品化されており、現在クラゲの堆肥化が待たれています。
ただし、クラゲには内部に塩分を抱えており、海藻のように外側を洗い流すだけでは除去できないことから土壌への塩害などの影響が懸念されます。こうした点も実用化に向けた課題のひとつとなっています。
海洋プラスチック濾過としての用途(イスラエル)
ハイファ大学の調査によると、ビーチで観光客が投棄したプラスチックゴミは、イスラエルの海洋水域の廃棄物の92%を占めています。エコノミストのレポートによれば世界全体で1950年代から63億トンのプラスチック廃棄物が生み出されてきました。そのうちリサイクルされたのは9%のみ。12%は焼却されて、それ以外は大部分が海へ排出されています。イスラエルの科学者は海水中のプラスチック廃棄物を最小限に抑えるのに役立つ革新的なソリューションを見つけるべく、国際的な研究者たちと協力して取り組んできました。
ハイファ大学海洋文明学部のドロール・エンジェル(Dror Angel)博士は、クラゲから出る粘液でフィルターを作成することにより、海水中のマイクロプラスチックを分離する方法を研究しています。
廃水処理プラントなどでの工業プロセスで、クラゲが生成する粘液をフィルターとして用い、マイクロプラスチックのトラップ剤として使用できるかの検証です。プラスチックゴミが分解されてできるマイクロプラスチックは私たちの周囲のあらゆる場所に存在し、土壌も海水も汚染されています。
「イスラエルでは大量の廃水や処理水を再利用しています。私たちはその水を灌漑に使用し、土壌にはマイクロプラスチックが濃縮され、海に出て行きます。あるいは、農業で栽培している作物が取り込んでしまうのです」とエンジェル博士は述べています。
プロジェクトはまだ準備段階にあり、研究チームはこれまでにテスト用にさまざまなプラスチック粒子を集めてきました。プロジェクトの第2段階では、粘液利用のためにクラゲを大量に確保する必要があります。これは増えすぎたクラゲを海から取り除くことになり、イスラエルの海水浴客の悩みの種である、クラゲによる攻撃が減るかもしれません。
生分解性素材の開発(イスラエル)
【出典】gusto.com
イスラエルのスタートアップCine’al ltdでは、クラゲから抽出された吸収性の高い生分解性素材を製造しています。
独自のプロセスにより、クラゲを乾燥させ、柔軟で強力な吸水性素材「ハイドロマッシュ(hydromash)」へと変換します。さらに抗菌性のナノ粒子を添加することで、ハイドロマッシュ内のバクテリアの増殖を防ぎます。この素材は、バンドエイドなどの怪我の治癒を促進させるガーゼ部分や、女性の月経用ナプキン、おむつなどに適しています。さらに添加物によって色や香りの機能を追加することもできます。
ハイドロマッシュはその体積の数倍の水や血液を吸収し、パルプ製の生分解性おむつなどよりも短い30日以内で生分解します。
おわりに
クラゲの有効活用についてはその成分と機能について、世界中でさまざまな研究がされており、未利用資源として注目されつつあります。
ただ、不定期に起きる大量発生の仕組みについては分からないことが多く、クラゲの安定的な収穫は保証されていません。それゆえにクラゲ漁のための機材を導入する投資ができないなどの課題もあります。
一方で、欧州ではこれまで食されてこなかったため、新しい食材として市場ができるかもしれません。FAO(国際連合食糧農業機関)の報告によると、およそ34.2%の魚類がすでに持続不可能なレベルまで取り尽くされ、この傾向が続けば2050年までに水産業は立ち行かなくなるとされています。そんななか、クラゲを新たな海からの食材と捉えることは業界によってプラスに働くことでしょう。欧州の一部では、クラゲの養殖も始まっています。
前述のレオーネ博士によると、1400種を超えるクラゲのうち、食用に適しているのは40種目ほどで、そのほとんどが備前クラゲ(根口クラゲ, Rhizostomeae)目に属します。これらのクラゲをEUの指針に合う適切な方法で食材に加工し、品質保証、ラベリング、トレーサビリティなどの点を解決できれば、中華料理店だけでなく、パリの高級フランス料理店でクラゲ料理を食する日も遠くないかもしれません。
References:
•Anonym. (2021, March 25). Jellyfish Food of the future in Europe if the EU authorizes them. The Limited Times. Retrieved March 11, 2022
•BBC. (2007, November 21). UK | Northern Ireland | jellyfish attack destroys salmon. BBC News. Retrieved March 11, 2022
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•Gojelly Horizon 2020 project – youtube.com. (n.d.). Retrieved March 11, 2022
•Guardian News and Media. (2013, June 3). Jellyfish surge in Mediterranean threatens environment – and tourists. The Guardian. Retrieved March 11, 2022
•oceanBASIS. (2021, February 9). Retrieved March 11, 2022
•Jellyfish in cosmetics – gojelly.eu. (n.d.). Retrieved March 11, 2022
•Klun, K. (n.d.). 4th Gojelly Newsletter, 31.3.2020. GoJelly. Retrieved March 11, 2022