
現代の野菜は数十年前と比べて栄養価が大きく減少していることが研究で明らかになっています。例えば、1950年代と2000年代の野菜を比較すると、カルシウムや鉄分、ビタミンCなどの重要な栄養素が20〜50%も減少しているというデータもあります。つまり、昔と同じ量では十分な栄養を摂取できない可能性があるのです。
本稿では、現代野菜の栄養価低下の原因を探るとともに、栄養不足を補うための実践的な方法についても紹介していきます。
目次
昔と今、野菜の栄養価はどう変わったのか?
例えば、アメリカの研究(1999年発表、Donald Davisらによる分析)では、1950年と1999年の野菜と果物の栄養価を比較した結果、カルシウム、鉄分、ビタミンCなどの栄養素が大幅に減少していることが明らかになりました。この研究によれば、ビタミンCの平均含有量は20%減少、鉄分は約15%減少していたそうです。
日本でも同様の傾向が見られ、文部科学省の「日本食品標準成分表」によると、ほうれん草に含まれるビタミンCは1950年代には100gあたり150mgでしたが、2000年代には約30mgと大幅に減少しています。
なぜ野菜の栄養価は下がっているのか?
なぜ、野菜の栄養価が低下しているのでしょうか?栄養価低下の主な理由を紹介します。
【原因1】 土壌の栄養不足
野菜が栄養を吸収するのは土壌からですが、長期間にわたる集中的な農業によって、土壌の栄養素が枯渇しています。特に、同じ作物を同じ土地で繰り返し育てる「連作」は土壌を疲弊させ、ミネラルなどの栄養分が減少します。
また、化学肥料を多用する現代農業では、土壌中のバランスが崩れ、微量栄養素が不足しがちです。その結果、野菜が取り込む栄養素も減少してしまいます。
【原因2】 品種改良による影響
現代の野菜は、栄養価よりも収穫量や見た目、耐病性、輸送時の保存性を重視した品種改良が進められています。例えば、大量生産向けの野菜は成長スピードが速く、栄養を吸収しきれないまま収穫されることがあります。
また、消費者に好まれる見た目の良い野菜が優先されるため、味や栄養が犠牲になるケースもあります。
【原因3】 環境の変化
気候変動も野菜の栄養価に影響を与えています。温暖化によって育成期間が短くなると、野菜が十分に栄養を蓄える時間が減少します。
また、二酸化炭素濃度の上昇は植物の光合成を促進しますが、炭水化物が増える一方でビタミンやミネラルの含有量が減少する可能性があることが研究で指摘されています。
【原因4】 収穫・輸送・保管による栄養価の損失
現代では効率的な大量生産・輸送が求められるため、野菜は未熟な段階で収穫されることが多くなっています。この「早採り」によって、野菜が本来持つはずの栄養価が十分に育たないまま市場に出回ることがあります。
また、長期間の輸送や保管中にビタミンCなどの栄養素が失われることも問題です。
【原因5】 農薬や化学物質の影響
農薬や除草剤の使用も微妙な影響を与えていると考えられています。
一部の研究では、土壌中の微生物のバランスが崩れることで、植物が本来持つ抗酸化成分や微量栄養素が減少する可能性が示唆されています。
栄養価低下が私たちの体に与える影響
現代の野菜に含まれる栄養価が低下しているという事実は、私たちの健康にどのような影響を与えているのでしょうか。野菜をしっかり食べているつもりでも、十分な栄養が摂取できない場合、体にさまざまな不調やリスクが現れる可能性があります。ここでは、具体的な影響について解説します。
野菜はビタミン、ミネラル、食物繊維など、体の機能を正常に保つために欠かせない栄養素の重要な供給源です。しかし、現代の野菜の栄養価が低下しているため、必要な栄養素を十分に摂取できず、慢性的な栄養不足に陥る可能性があります。例えば、鉄分が不足すれば貧血のリスクが高まり、ビタミンCの不足は免疫力低下や肌荒れの原因になることがあります。
現代型の食生活では、カロリーは十分に摂取しているのに必要な栄養素が不足している「隠れ栄養失調」の人が増えています。野菜の栄養価低下がこれに拍車をかけ、疲れやすい、集中力が続かない、免疫力が低下するなど、日常生活に支障をきたす症状が現れることも起こりえます。
また、栄養価が低下した野菜を食べ続けることで、体内での抗酸化物質の不足やミネラルバランスの乱れが起こり、生活習慣病のリスクが高まる可能性があります。例えば、抗酸化物質の不足は動脈硬化や心疾患のリスクを高めると考えられています。また、カリウムが不足すれば高血圧のリスクが上昇し、カルシウム不足は骨粗しょう症を招く恐れがあります。
そのほか、ビタミンCや亜鉛などの摂取不足による免疫力の低下や、葉酸やビタミンB群の不足によるうつ症状や不安感の悪化などの心の健康にも悪影響を及ぼすこと等が考えられます。
栄養価を補うために個人レベルで取り組める8つの対策
現代の野菜に含まれる栄養価が低下しているとはいえ、それを補うための方法はいくつもあります。工夫次第で不足分をしっかり補い、健康的な食生活を送ることが可能です。ここでは、個人が実践しやすい具体的な方法を8つご紹介します。
・対策1.旬の野菜を選ぶ
旬の野菜は、その季節に最も栄養価が高く、美味しさも際立っています。旬の時期に育った野菜は、栄養素がしっかりと蓄えられているため、体に必要な栄養を効率よく摂取できます。例えば、冬にはビタミンCが豊富な大根や白菜、夏には抗酸化作用のあるトマトやナスを取り入れるとよいでしょう。
・対策2.有機野菜を選ぶ
有機農法で育てられた野菜は、土壌の栄養が保たれた環境で育てられるため、一般的な栽培方法に比べて栄養価が高い傾向があります。また、農薬や化学肥料の使用が抑えられているため、健康へのリスクも低減できます。地元の農家や信頼できる生産者から有機野菜を購入するのもおすすめです。
・対策3.さまざまな種類の野菜を食べる
1種類の野菜ばかりではなく、さまざまな色や種類の野菜を摂取することで、多様な栄養素をバランスよく補うことができます。「赤」「緑」「黄」「紫」など、色とりどりの野菜を食事に取り入れると、見た目も華やかで栄養価も高まります。
・対策4.調理法を工夫する
調理方法次第で、野菜の栄養を効率よく摂取することができます。例えば、ビタミンCなど水溶性の栄養素は、長時間の加熱や水にさらすことで失われやすいため、蒸し調理や電子レンジを活用すると良いでしょう。また、油で調理することで吸収率が高まる脂溶性ビタミン(ビタミンA、D、E、Kなど)は、炒め物やドレッシングで取り入れると効果的です。
・対策5.野菜をまるごと活用する
皮や茎、葉など、通常捨ててしまいがちな部分には栄養素がたっぷり含まれています。例えば、にんじんの皮には抗酸化作用があるβカロテンが豊富に含まれているため、スープや炒め物に活用できます。また、ブロッコリーの茎や大根の葉も、細かく刻んで調理すれば美味しく食べられます。
・対策6.サプリメントを適切に活用する
食事だけで不足しがちな栄養素は、サプリメントで補うのも一つの方法です。ただし、サプリメントはあくまで補助的なものとして活用し、基本はバランスの取れた食生活を心がけることが大切です。また、過剰摂取にならないよう、医師や栄養士に相談して選ぶのが安全です。
・対策7.発酵食品やスーパーフードを取り入れる
発酵食品(ぬか漬け、キムチなど)は、栄養価の高い野菜をさらに発酵させることで栄養吸収を助ける効果があります。また、アボカド、チアシード、ケールなどの「スーパーフード」を適度に取り入れることで、不足しがちな栄養を補うことができます。
・対策8.家庭菜園で育てる
自宅やベランダで野菜を育てることで、収穫直後のフレッシュな野菜を楽しむことができます。自分で育てることで農薬の使用を抑え、土壌にこだわることも可能です。プチトマトや葉物野菜など、手軽に育てられるものから始めてみるとよいでしょう。
自分で育てる際には、この問題の原因の一つともなっている現代型農業の主流である「F1種」ではなく、固定種(在来種)を育ててみることをお薦めします。
また、ご家庭で出る生ごみを自分で堆肥化して肥料として使うことも栄養価の高い野菜を育てるには良いでしょう。
おわりに|現代野菜の栄養価は昔と違う?その理由と個人でもできる対策
世界では人口増加とそれに伴う食糧需要の増大への対応、そして、生産性や経済面等の都合から、品種改良や化学肥料の使用によって、野菜の栄養価を犠牲にしてきました。土壌は痩せ続けているため、この傾向は続いていくことが予想されます。
ただちに健康に影響が出るという問題ではありませんが、長い時間をかけながら、原因が明らかにならないレベルで、徐々に社会全体の健康状態に悪影響を及ぼしていることが想像されます。
個人としては、こうしたことが起きていることを知って、できる範囲で日々の生活にご紹介した対策を取り入れて、栄養バランスを整えながら健康な毎日を過ごしていきましょう。
社会的な取り組みとしては、土壌を回復させる「リジェネラティブ農業(regenerative agriculture)」が注目を集めています。日本語では「環境再生型農業」と呼ばれており、「土壌を修復し、自然環境を回復する農業」を意味します。
リジェネラティブ農業は、土壌の炭素含有量を増やして肥沃にし、保水性を高めることで干ばつへの耐性を高めます。他にも、害虫に強くなり、必要な肥料の量が減るといったメリットがあります。更に、二酸化炭素を土中に隔離することで気候変動を抑える効果も期待されています。