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海洋プラスチックの1割を占めるゴーストギア問題に取り組む海外事例

海洋プラスチックの1割を占めるゴーストギア問題に取り組む海外事例

年間800万〜1,200万トンに及ぶプラスチック廃棄物が海へ流出しており、2016年に開かれた世界経済フォーラムでは、魚と海洋プラスチックゴミの割合が2014年は5:1であったものが2050年には1:1の割合になるという衝撃的な予想が発表されました。

その海洋プラスチックの約1割を占めるといわれる漁網・漁具問題の解決を目指す海外の取り組み事例をご紹介します。

ゴーストフィッシング・ゴーストギア問題とは

漁網にかかる海亀【出典】treehugger

ゴーストフィッシングとは、目的もなく魚やその他の海洋生物を捕まえることです。

古くなった、あるいは破れて使えなくなった漁網は、漁師によって船外に捨てられることが多く、そのまま海中に放棄されています。こうしたナイロン製の漁網は幽霊のように海を漂い、珊瑚や難破船に絡まっています。

こうして海に流出した漁網や漁具はゴーストギアと呼ばれており、WWFの試算によると、海中のプラスチックゴミの10%を占めています。

スキューバダイビングの経験があれば、放置された海底の釣り糸や漁網を見かけたことがあるかもしれません。フィリピンとカメルーンを中心に沿岸コミュニティの生活改善に取り組むNet-Worksによると、毎年64万トンの漁具が海に捨てられています。イルカ、ウミガメ、クジラなどが網に絡まり、命を落としているのです。

プラスチック汚染は今日の私たちの海にとって大きな問題です。海の環境を保護し回復させたいと願うなら、海中に存在する大量のプラスチックを取り除かなければなりません。

太平洋ゴミベルトに滞留するプラスチック廃棄物のおよそ6割は、ストローやプラスチック袋のような使い捨てプラスチックではなく、漁網から成っています。さらに悪いことに漁網は単なるゴミであるだけでなく、人間の漁具としての命を終えた後でさえもその役割を維持し、やみくもに海中の生物を捕えその命を奪いつづけているのです。

こうした漁具は海洋環境で耐久性があるように設計されており、劣化するまでに何年もかかります。モノフィラメントの釣り糸は劣化するのに600年かかると推定されています。

古い漁網をナイロン糸へ再生、インテリアやファッション産業で活用

textileexchange【出典】textileexchange

イタリア発祥で世界を拠点とするアクアフィル(Aquafil)では、様々な地域から廃棄された漁網を引き受け、ナイロンの糸にリサイクルしています。1トンのナイロンネットで26,000個の靴下を作ることができます。

ノルウェーを拠点とする漁具リサイクル会社Nofirは、ノルウェーの環境団体や漁師からの要望に対応して2008年に設立されました。同社は、材料の回収とリサイクルだけでなく、「廃棄された網による汚染の削減」を目指しています。

例えば、南極の海でひとつきに24トンの廃棄漁網を回収、解体、洗浄して、アクアフィルに送ります。そこで漁網はナイロン糸に生まれ変わります。Nofirはこれまでに、ヨーロッパ、アフリカ、アジア、米国から3万トン以上の廃棄された漁網を集めてきました。

「廃棄された漁網をふたたび原材料に変えることは、優れた資源管理であるだけでなく、廃棄物が海に留まることがないので、環境にとっても大きなメリットです」とNofirのCEOは語ります。

アクアフィルはこうして送られてきた廃棄漁網を始め、衣料品製造会社が出す布くず、古いカーペットなどから「エコニール(Econyle)」という再生ナイロン素材を製造し、この製品はStella McCartneyのハンドバッグ裏地、GucciやPRADAのバッグ、AdidasやSpeedoの水着、Levi’sのデニム、高級時計Breitlingのストラップ、フィスカーEV車両の内装、オフィスのカーペットなどに使用されています。

バージンプラスチックの代わりに

patagonia【出典】patagonia

登山用品、サーフィン用品、アウトドア用品、軍用品、衣料品の製造販売を手掛けるパタゴニアは、2016年から南米のベンチャー企業Bureoによる「ネットプラス」の開発を支援してきました。

「ネットプラス」は南米の漁業コミュニティから回収された使用済みの漁網を100%リサイクルしてできるナードル(プラスチック製品の原料となる小型ペレット)素材です。今日、「ネットプラス」はパタゴニアの帽子のつばやジャケットからフューチャー社のサーフフィン、さらにはジェンガのゲームにまで採用されています。

使用済みの漁網の帽子のつばへの再利用は比較的シンプルな一方、衣類に利用できる高品質な糸へのリサイクルにおいては、パタゴニアとサプライチェーンパートナーとの緊密な連携と開発が行われました。

そうした取り組みを経て、2021年秋冬シーズンには104トンの漁網がパタゴニアの衣類へと生まれ変わりました。2016年からの取り組みで廃棄された漁網400トン以上の回収とリサイクルに貢献したパタゴニアは、今後も数年にわたり、より多くの製品に「ネットプラス」素材を採用する予定です。

生分解性およびリサイクル可能な漁網

OFB【出典】OFB

海に取り残された漁網が環境に悪いのであれば、そもそも環境に優しい漁網は作れないのでしょうか。

フランス生物多様性局(Office Français de la biodiversité)のレポートによると、2020年6月プラスチックを使用しない生分解性、生物由来、リサイクル可能な漁網の初めてのプロトタイプが実際の漁業条件化でテストされました。小規模な沿岸漁業向けの、3層からなる1,000mのトランメルネットです。

2020年の夏に船上で使用された最初の生分解性魚網のうち、10%が従来の魚網と同じような釣果を得ました。また、耐久性の面でも従来の網と同じく漁期が終わるまで使用することができました。

2番目のプロトタイプは、夏と冬のシーズンにそれぞれ違う地域の海でテストされました。漁網の機能性、構造、色、耐久性は今までのプラスチック製の漁網に一層近い物に設計されています。この2年間にテストされた生分解性の漁具は、およそ3,000mの網に相当します。

毎年3トンを超える刺し網漁の漁網は、ほぼリサイクル不可能な大量のゴミを生み出します。ゆえに生分解性の漁網は海中の廃棄物を減らす上で非常に重要です。もし破損し海へ漂っていってしまったとしても、プラスチックよりはるかに短い時間で分解され自然に還ります。

また、韓国でも、82%のポリブチレンサクシネート(PBS)と18%のポリブチレンアジペート-コテレフタレート(PBAT)のブレンドで作られた生分解性の漁網が開発されました。その機能性を従来の漁網と比較した結果、実際の漁業では通常のナイロンモノフィラメントネットとほぼ同様に機能し、海水中で24か月後に生分解し始めました。現在その機能性をさらに従来のものに近づけるための改良が続けられています。

おわりに

海洋保護のため、漁船は網をしっかりと取り付けること、損傷した古い漁網を海中に捨てないことを遵守する必要があります。

そして、すでに海中にある放棄された漁網については引き続き回収を進めリサイクルを推進していくとともに、今後は生分解性漁網の使用を義務付ける世界的な規制が行われるかもしれません。高級ブランドでもリサイクル素材の使用が増えている昨今、漁網もひとつの資材として注目が集まっています。

日本でも帝人が2022年5月から廃棄漁網を利用した食器や文房具に再生するプロジェクトを発表しているなど、漁網リサイクルの応用先が広がっていく動きが加速しています。こうした活動が廃棄漁網の回収を推進し海の環境保護につながるため、各企業の連携した取り組みと技術の開発に期待がかかります。

References:
•Homepage. Nofir. (2022, February 22). Retrieved March 21, 2022
•Report on the first trials and tests of the new model: Biodegradable and recyclable fishing nets. Drupal. (n.d.). Retrieved March 21, 2022
•Richard, M. G. (2017, June 5). Are biodegradable fishing nets a solution to the ravages of ‘ghost nets’? Treehugger. Retrieved March 21, 2022
•Staff, R. T. (2019, January 18). How abandoned fishing nets are recycled into nylon. Recycling Today. Retrieved March 21, 2022
•Verter.it. (n.d.). Aquafil. Retrieved March 21, 2022

寄稿者

黒坂 麻衣子
東京外国語大学卒、Institut Supérieur de Marketing du Luxe MBA修了。パリ在住。フランス系大手自動車会社勤務の傍ら、食をベースにした健康的でサステナブルな暮らしの重要性を感じ、ジュニア野菜ソムリエ、フードコーディネーター資格を取得する。独立後、レシピ本の執筆や企業のメニュー開発を経験。渡仏し見聞を広め、カルティエ主催の大学院にてラグジュアリーブランドマネジメントを学ぶ。ハイブランドが行うサステナブルな取り組みを始め、欧州のフードテックを中心に取材・執筆を行っている。
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