海洋は地球表面の72%を占め、酸素の50%以上を生産し、生物圏の95%を構成しています。これらはほんの一例に過ぎず、人類は海の恩恵なくして存続することができません。
ここでは、海の価値を経済的な観点で表した言葉である「ブルーエコノミー」についてご紹介します。SDGsの目標14に示されている「海の豊かさを守ろう」とも大きく関係する概念であり、近年の国際会議でも注目を集めています。
目次
ブルーエコノミーとは?
「ブルーエコノミー」(英語:Blue Economy)とは、水産業、海運、海洋レジャー、洋上風力発電、海水淡水化、海底地下資源などの海洋に関連する経済活動のことです。雇用、収入、成長を生み出す機会を利用するだけでなく、海洋資源を持続可能な状態に維持するための保護や回復といった活動のことも含みます。
ブルーエコノミーの概念は、2012年の国連における持続可能な開発会議で、環境配慮型の経済を「グリーンエコノミー」と呼び、一方で、海洋環境の保全と持続可能な利用を通じた経済を「ブルーエコノミー」と呼んで、陸地面積や人口は小さいものの、広大な排他的経済水域(EEZ)を有している島嶼国の経済振興支援を訴えたことが始まりとされています。
ブルーエコノミーの経済価値
WWFが2015年に算出したブルーエコノミーの経済価値は全世界で年間2.5兆米ドル(275兆円)とされており、世界第7位のフランスのGDP2.9兆米ドルに次ぐ規模となっています。しかし、乱獲や汚染、気候変動によって海洋資源は急速に減少しているとも警告しています。
WWF海洋担当上級副社長のブラッドアック氏は、「海洋は私たちの自然資本であり、私たちが引き出しのみを行う世界的な普通預金口座」と表現し、「このまま継続すると破産してしまうため、この世界の共有資産の保護と再投資が必要」と訴えました。
海洋保護・回復への投資「ブルーファイナンス」が必要
経済協力開発機構(OECD)が発表した『2030年の海洋経済』によると、世界経済に対する海洋の貢献は、2010年と比較して2030年までに2倍の3兆米ドル(330兆円)に達し、約4,000万人にフルタイムの雇用を提供すると予想されています。(その後、covid-19の影響によって縮小すると予想。)
WWFが警告したような自然資本の破産を回避し、OECDが予測するような経済的恩恵を受けるためには、新しい洋上風力発電所の建設、ゼロカーボン船の燃料の開発、沿岸の生態系の回復によって炭素を隔離するための投資が必要になります。そうした海洋への投資のことを「ブルーファイナンス」と呼びます。
ブルーエコノミーの可能性
当サイトのSDGs14「海の豊かさを守ろう」の現状(世界と日本)で紹介しているように、海の持続可能性に対する危機には、「海洋汚染(海洋プラスチック問題)」「海洋の酸性化」「海水温の上昇」「乱獲による海洋資源の減少」を始め、様々なものがありますが、そうした問題を解決するための可能性(チャンス)をいくつか紹介します。
これらの機会の実現のためには、センサー、AI、ビッグデータなどの情報技術が不可欠で、2021年に始まった「国連海洋科学の10年」(英語:UN Decade of Ocean Science for Sustainable Development)においても重要な要素とされています。
水産養殖
水産養殖は、地球規模の食料不足の問題を解決する可能性を秘めています。養殖魚は畜産肉よりも、同量のタンパク質を生産する場合の環境負荷が少なく、持続可能性の点で優れています。
養殖の分野では、既にAIやIoTが積極的に活用されています。また、遺伝子操作に関する研究も進んでいます。2050年までに数兆ドルの投資機会の可能性があると言われており、成長産業と見なさられています。
海面養殖では適地の限界が指摘されていたり、餌や糞による海洋汚染の問題を克服することが必要です。その点、「閉鎖循環式」の陸上養殖は環境への負荷も低いため、現在、積極的な投資が進んでいます。また、水産養殖では野生の魚を原料とした餌に依存していることによる問題点も指摘されているため、細菌や酵母、藻類に由来する単一細胞タンパク質を活用した飼料を開発したり、昆虫を利用した飼料を開発したりするなど、研究開発が進められています。
IUU漁業の監視
「違法・無報告・無規制」に行なわれている漁業のことをIUU漁業といいます。密漁に加えて、不正確および過少報告、旗国なしの漁船による漁業、地域漁業管理機関の対象海域での認可されていない漁船による漁業などが含まれます。
IUU漁業は海洋資源の枯渇の主な原因とされており、漁獲高は年間235億ドルに達するともみれられています。これは養殖魚を除く漁獲高全体の5分の1に相当します。違法漁業や乱獲を防ぐための取り組みは、漁業を持続可能にするための重要な課題となっています。
これに対し、衛星画像や、センサーによるモニタリング技術と組み合わせた新しい監視および製品追跡技術によって、海上での違法な漁業を取り締まる技術に対する研究開発が進められています。
英国の非営利研究機関である「サテライト・アプリケーションズ・カタパルト」は、「海上の目」プロジェクトで、規制当局が「ヴァーチャル監視室」から違法な漁業活動のリアルタイムモニタリングできるシステム開発に取り組んでいます。このシステムでは、複数の衛星からの追跡データと、船の所有者、履歴、登録国についての情報を照合して違法操業の疑いを分析します。
クリーンな輸送燃料
海上の荷動きは年間100億トンを越えて今後も増加する傾向にあります。CO2・NOx・SOxなどの排出による大気汚染や地球温暖化への負荷や、油・船内廃棄物による海洋汚染、バラスト水・船体付着物による生物多様性への負荷が問題視されています。
2050年までに脱炭素化を実現するためには、水素、アンモニア、メタノール、核などの新しい燃料サプライチェーンに合計1.4兆ドルから1.9兆ドルの投資が必要と見られています。
海洋再生可能エネルギー(ブルーエネルギー)
洋上風力・波力・潮力・潮汐・潮流・海流・海洋温度差などの、海を利用した再生可能エネルギーは、「海洋エネルギー」や「ブルーエネルギー」などと呼ばれて、陸上以上のポテンシャルがあると言われています。
なかでも洋上風力発電は、世界のエネルギーシステムの脱炭素化に向けて大きな可能性があると目されています。また、脱炭素化だけでなく、土地利用や輸送などの制限が少ないため、環境的および社会的メリットがあると見られています。洋上風力で生まれた電力で水素を製造するといったように、他のエネルギーシステムとの連携も期待されています。
洋上風力は2019年には6ギガワット(GW)のタービンが設置され、世界全体で29GWになりました。業界は現在、2030年までに190GWを目標としています。
日本国内のブルーエコノミーに関する取り組み事例
日本においてのブルーエコノミーの事例をいくつか紹介します。
備前市日生町(岡山県)のアマモ再生
岡山県でアマモという海草の再生を通し、地域社会の活性化に成功した例があります。新たな産業やサービスが立ち上がるきっかけになりました。
アマモには水質浄化作用があります。赤潮の原因ともされる過剰な栄養を吸収し海をきれいにしてくれます。このアマモが密集して生える場所のことを「アマモ場」といい、海の生き物たちが身を隠す隠れ場として集まってきます。また、魚の絶好の産卵場にもなりたくさんの命が生まれます。
水質浄化作用を利用してアマモ場を広く作ることで海の環境を守り海で生活する生き物を守ることにつながるのです。実際、アマモ場に依存する魚類の漁量も回復しています。こうした取り組みは、漁業関係者だけでなく地域の中学生の授業の一環としても取り入れられ地域全体で海を守る取り組みに励んでいます。
海洋温度差発電・海洋深層水利用の久米島モデル(沖縄県)
沖縄県久米島では「久米島モデル」と呼ばれる取り組みを行っており、海洋温度差発電を利用した海洋深層水を多段階に利用し持続的な発展を遂げています。久米島の海洋深層水を利用した取り組みでは、海ブドウやクルマエビの養殖や化粧品の開発において経済効果を発揮しています。
このように、ブルーエコノミーに取り組むことは海洋環境を守りながら地域の活性化や海洋産業の発展にも多くのつながりをみせています。
おわりに|ブルーエコノミーとは
包容力が大きいが故に限界が感じられなかった海ですが、CO2濃度や海水温、海水面の上昇が明確に姿を現し、それに伴う気候変動も我々の目に見えるようになりました。今後どれほどの事態が起きるのか想像がつきません。
人類の共有財産である海の価値を経済価値として表すことで、維持・回復に努めることを経済的な側面から明らかにし、インセンティブを働かせようとするのが「ブルーエコノミー」の狙いだと思いますが、ブルーエコノミーの経済価値が全世界で年間2.5兆米ドル(275兆円)という評価に関しては違和感を感じます。世界から275兆円が消えても大した問題ではありませんが、海がなければ人類は存続できないのですからあまりにも抜けている項目が多すぎると言わざるを得ません。
失敗すれば人類の絶滅につながり、成功すれば人類の繁栄につながるほどのインパクトを持つ重大な取り組みであると思います。