コーヒー豆の生産時に発生する「カスカラ(cascara)」は、一部は飲用や肥料として利用されているものの、大部分は廃棄されて環境汚染の原因となっています。
一方で、ポリフェノールをはじめとする優れた成分を含むことも明らかとなっていることから、有効活用することによって、コーヒー生産国の環境汚染抑止や農家の収入向上、消費者の健康増進につながる可能性のある優れた食品素材といえます。
アメリカの『2023年の食のトレンド予測TOP10』では「Upcycled Foods(アップサイクル食品)」が2位にランクインしましたが、ここでアップサイクル食品の例としてカスカラが紹介されるなど、注目度も高まっています。
ここでは、カスカラとは何か、歴史や現代の環境問題、そしてカスカラを活用した商品開発事例を紹介します。
目次
カスカラとは
コーヒーの果実は真っ赤なチェリーのような姿でコーヒー樹(コーヒーノキ)に実ることから、「コーヒーチェリー」と呼ばれます。
このコーヒーの果実からコーヒー豆(種子)を取り出す時に分離した外側の果皮と果肉の部分を「カスカラ」と呼びます。
“cáscara” と表記され、「皮」や「殻」を意味するスペイン語が由来となっています。中米ではカスカラと呼ばれていますが、南米のボリビアでは”sultana”(サルタナ)と呼ばれいます。
乾燥前のカスカラ | 乾燥後のカスカラ |
コーヒーの生産国では、乾燥させたカスカラを紅茶のように淹れて飲むことも多く、「カスカラ・ティー」や「コーヒーチェリー・ティー」などと呼ばれています。
味わいはコーヒーとは異なり、ローズヒップのような甘酸っぱくてフルーティーな香りと、蜂蜜のようなまろやかな甘さが感じられ、飲みやすいのが特徴です。
近年では、カスカラに含まれている栄養素が注目されています。コーヒーと比べてカフェインの含有量は4分の1から8分の1程度と少なく、抗酸化作用が高いとされるポリフェノールを豊富に含んでいます。
アメリカなどではエナジードリンクや化粧品など、様々な形で商品化されています。
カスカラの歴史
カスカラを飲用するカスカラ・ティーの歴史は古く、焙煎されたコーヒー豆よりも、果皮を利用する方が先だったと言われています。
1100年前にコーヒー発祥の地であるエチオピアの隣国イエメンにコーヒーが伝わり、イスラム教徒がコーヒーチェリーの果皮を使用した”Qishr”(キシル)という名前で飲用していました。
16世紀までは、キシルの商品価値は高かったと言われていますが、17世紀以降には主要貿易品はコーヒー豆へと移りかわりました。その結果、キシルは広がらずに、イエメンの人々のローカルな文化として継承されて現代に至っています。
カスカラの環境問題
このように、とても長い歴史があるものにも関わらず、コーヒー生産国では日常的に飲用されていますが、海外にはほとんど輸出されていません。
コーヒーチェリーのうち約40%が果皮ですが、コーヒー生豆と比べて需要が小さいため、一部は飲用されたり肥料に再利用されたりしているものの、そのほとんどが生産国で廃棄されてしまっているのが現状です。
カスカラの処理には適切な処理方法が必要です。カスカラは有機物であり腐敗しやすいため、適切に処理しないと大気や地下水などの環境に悪影響を与えることにつながります。
例えば、カスカラを埋め立てた場合、発酵によってメタンガスが発生し、温室効果ガスの原因となる可能性があります。
さらに、農薬や化学肥料が問題になります。コーヒー豆の栽培には、多くの場合、農薬や化学肥料が使用されます。これらの化学物質は、カスカラにも残留していることがあり、十分な処理が必要です。
処理が不十分な場合、これらの化学物質がカスカラから漏出し、地下水や河川を汚染する可能性があります。カスカラは生分解性が低く、埋立地に捨てられると長期間にわたって土壌や水質を汚染する可能性があります。
このように、カスカラには、収穫量の管理や適切な処理方法、農薬や化学肥料の問題などの環境問題が存在します。
カスカラを活用した商品開発事例
カスカラから抽出される成分には、抗酸化作用や美肌効果があるとされるポリフェノールやビタミンが含まれているため、これらの成分を活用することで付加価値の高い製品を開発することができます。また、カスカラを肥料や飼料として再利用することで循環型社会の構築にもつながります。
さらに、カスカラの再利用は地域社会の活性化にもつながります。カスカラは多くの場合、コーヒー生産地域で発生するため、地域住民の雇用創出や、観光資源としての活用など、地域経済の活性化につながる可能性があります。
そのような、環境問題の原因となっているカスカラを有効活用する商品開発の取り組み事例を紹介します。
カスカラ入りシロップ
LIFULLはフィリピンのコーヒー生産者の貧困問題を解決するため、通常は廃棄されるコーヒーの花・葉・枝・カスカラを活用したシロップ「PROUD LIBERICA COFFEE SYRUP(プラウド リベリカ コーヒー シロップ)」を世界的バリスタの井崎英典氏と共に開発するなど、生豆以外の廃材部分を活用し、コーヒー農家の新たな収入源を年間を通じて生み出すプロジェクトに取り組んでいます。
また、透明性の高い取引を実現することがコーヒー農家の貧困解決の第一歩となるよう、これらの生産にかかるコストや、シロップへの加工プロセス、さらには井崎氏考案のアレンジレシピなど、あらゆる情報を LIFULL の特設ページで「オープンデータ」として無償公開しています。
カスカラ入りアイスクリーム
1933年創業のニシナ屋珈琲では、気候変動などの影響で収穫量の減少が危ぶまれるいわゆる「2050年コーヒー問題」を見据えて、輸入だけに頼らない持続可能な国産コーヒー栽培プロジェクトを2021年に発足し、東広島市安芸津町の大芝島で国産コーヒー栽培に取り組んでいます。
そのニシナ屋珈琲が、”スペシャルティコーヒー”に合うスイーツを目指して、大切に育てられた瀬戸内産のコーヒーチェリーを使ったアイスやジャムなどの、アップサイクルなスイーツを作りました。
カスカラ入りチョコレート
UP FOOD PROJECTのパートナー企業であるGOOD COFFEE FARMSと、札幌のBean to Barチョコレートブランド『SATURDAYS CHOCOLATE』とのコラボレーションで、GOOD COFFEE FARMSの生産するコーヒーとカスカラ(コーヒーチェリーの果皮)をふんだんに使用したチョコレートを共同開発しました。
カスカラの果実味とコーヒーのほのかな苦味をココアバターのなめらかな質感が包むリッチな味わいで、一口でコーヒーを丸ごと味わうことのできる商品となっています。
カスカラ入りビスコッティ
高級なジュエリーや腕時計のブランドとして有名な “BVLGARI”(ブルガリ)が運営する、ハンドメイドの高級チョコレートブランドである”BVLGARI IL CIOCCOLATO”(ブルガリ イル・チョコラート)が、食を通じてサスティナビリティ(持続可能性)とは何かを考えるプロジェクトで、 “Biscotti for Sustainability” (ビスコッティ・フォー・サスティナビリティ)を販売しています。
GOOD COFFEE FARMSが、サステナビリティに配慮したコーヒー豆やカスカラを提供しています。
カスカラと国産ドライフルーツを合わせたフルーツティー
UP COFFEE CHALLENGE(GOOD COFFEE FARMS)と、ドライフルーツ・ドライフルーツティーブランドのCOPECOによるコラボレーションで生まれた、コーヒーの果皮の部分にあたるカスカラ(Cascara)と国産ドライフルーツを組み合わせたフルーツティー。
地球環境・生産者・消費者の全てに対して配慮された、エシカルな商品となっています。
おわりに|カスカラの利用は環境改善と農家の収益向上につながる
カスカラの利用が進めば廃棄物が減って環境が改善されるだけでなく、生産者の収益向上にもつながります。しかも、ポリフェノールを始めとする様々な有効成分が消費者の健康増進にもつながるため、「一石二鳥」ならぬ、「一石三鳥」の素晴らしい可能性を秘めた素材といえるでしょう。
コーヒー産業のサステナビリティ向上を目指す『UP COFFEE CHALLENGE』では、生産国における環境問題と生産者の所得向上につながるカスカラを使った商品開発や、消費国における環境問題の解決につながるコーヒーかすのアップサイクルに取り組んでいます。